【先日、ウチの娘が】~無限の可能性編~ by neo

このブログは、私の愛娘(長女:当時9歳、次女:当時6歳)についての他愛のない日常を不定期に綴る、仕事や技術的な話とは全く無縁の完全に自己満足な日記です。「日記」という言葉を辞書で引いたら『毎日の出来事や感想などを書いた記録。日誌』とか書いてありましたので、見なかったことにします。

 

先日、ウチの娘(次女:寝言でも「ぎゃははははー!」と笑う)が

「きょうねー、○○せんせーがやすみだったー」

と言いました。

 

夕食後のデザートとして出されたみたらし団子を食べていた私は、「担任の先生が休みの時って、どうなるんだっけ?」と思い、娘(次女)に聞きました。食後のデザートに団子……女性の別腹って、一体。

 

「担任の先生が休みだと、他の先生が来るの?」
「そうだよー。きょうはねー、□□せんせーがきてくれたんだよー」

 

どうやらクラスの担任を受け持っていない、生活指導的な□□先生(男性)が、臨時で見てくれたようです。
尚、□□先生は「真っ黒、または真っ白なスーツとグラサンが似合いそうな、短髪のぱっと見強面系」ですが、愉快な先生らしく、生徒から好かれているようです。

 

「そっか、授業は楽しかった?」
「うん!こくごのもんだいやって、まるつけしてもらったー。見るー?」
「見たい見たい」

 

「だけどさっちゃん、こくごにが手なんだよね…」と言いながら、丸付けしてもらったというプリントを出す娘(次女)。
(ちなみに次女は自分のことを「さっちゃん」と呼びます。参考まで)

 

…あれ?丸が一つもないんだけど?
「あー、なんかねー、□□先生は、えをかいてくれるんだよー
「へー、そうなんだ」

 

出されたプリントにはどこにも丸がなく、様々な絵が一枚一枚に描いてありました。

 

「凄いじゃん。全員に絵を描いてくれるの?」
「みんなにかいてくれるー。ぎゃははははー!

 

丸付けももちろん大事です。
ですが、こういった遊び心のある教育も、授業への関心を高める、有効な一つの手段なのかもしれません。

実際、娘(次女)は国語が苦手(算数も苦手)ですが、楽しかったと言っていましたし、今「ぎゃははははー!」と笑いましたし。

 

とりあえず娘(次女)はテレビを観たいようなので、私は娘(次女)の勉強の成果を見つつ、ついでにどのような絵が描いてあるのか、一通り見てみることにしました。
※以下、画像内の個人情報は加工してあります

 

 

「ああ、これは殻があるからカタツムリだな」

 

 

”殻があるからカタツムリ”

 

 

「こっちは…鼻が長いから、ゾウ?」

 

 

”鼻が長いから、ゾウ?”

 

 

「これはライオンだ。すぐ下の絵もライオンだし」

 

 

”すぐ下の絵もライオンだし”

 

 

「そういえば最近、あまり食べないなぁ」

 

 

”愛と勇気だけが友達さ”

 

 

「諦めないって大事」

 

 

”不屈の精神の人(菌)”

 

 

「…ん?なんでこれには、コメントが書いてあるんだ??」

 

何となく違和感を覚え、手が止まりました。
これまでのプリントには、絵の他には何も書いてありません。
しかし、どんなに負けても倒れても、不屈の精神で立ち上がる、諦めない心を持つその人(菌)の絵が描いてあるこのプリントだけには、なぜかコメントが書いてあるのです。

 

 

”ハヒフヘホー”

 

 

このプリントには、わざわざ担任の〇〇先生に見てもらわなければならない何かが、あるということなのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

……ありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

<外国の国名・地名
エジプト・オランダ・イギリス・マイケル
<外国の人名

ブラジル・ロバート・エジソン・ピカソ

 

 

 

 

 

 

 

 

私は娘たちを愛しています。

娘たちが主張することは、親として信じてあげたい。
地球上に80億近い人間がいるならば、一人くらいは「ブラジルさん」という方がいるかもしれない。

ですが正直、『マイケル』という国名や地名が存在するとは、この私をもってしても、どうしても思えない。
『マイケル国』『マイケル地方』って、何かこう、怪しすぎる!

 

そこで私は、この世で最も物知りと思われる「先生」に、半ば祈るような気持ちで尋ねました。
この「先生」なら、きっと私たちを救ってくださるハズ!

 

 

 

……オッケー!グーグル先生!!世界に『マイケル』という名称の、国や地名はありますか!?」
※実際の検索表現、検索表示とは若干異なります

 

 

 

 

しかし、私の信じていた「先生」の出した答えは、無情なものでした。

 

 

 

「うーん、ないっぽいねー」
※実際の検索表現、検索表示とは若干異なります

 

 

 

 

むしろ「ジャクソンならいるよ」とか「ジョーダンてカッコイイよね」とか、合っているけど今は求めていない答えばかりを提示してきます。このポンコツ検索エンジンめ!
※実際の検索表現、検索表示とは若干異なります

 

 

世界は無限の可能性にあふれています。

いつの日か、『マイケル』という国や地名が出来る可能性だって、決してゼロではありません。
もしその日が来たら、娘(次女)と旅行してやります。

ですから世の中の『マイケル』さん、どうか頑張ってください。
全ては『マイケル』さんたちの頑張りにかかっています。
尚、現時点にてもし存在するのであれば、どなたか教えてください。

 

「……なんでさっちゃんのこと、ずっと見てるのー?」
「…あ、いや、何でもないよ。うん」

 

どうやら妄想しながら、無意識に娘(次女)のことを見つめていたようでしたので、慌ててごまかしました。

 

大丈夫、パパはいつだってお前たちの味方だよ。
無限の可能性だって信じている。
だからこそ、この話は今はすべきではないんだ。

 

 

 

…あれ?考えてみれば□□先生がその場で娘(次女)に指摘して、直させてくれれば良かったのでは?

 

 

 

それとも、間違った箇所は担任の先生に報告する義務があるのでしょうか?

 

今更ながらの疑問に若干混乱しつつも、残り一枚となったプリントを確認します。
先程の『ハヒフヘホー事件』(悲しい事件でした)の影響からか、自然と身構えてしまう私。
大丈夫、パパはいつだってお前たちの(ry

 

 

「これは…なんだろう?カマキリ?トンボかな?」

 

 

”なんだろう?”

 

 

ぶっちゃけ、絵よりコメントがないかどうかの方が気になりましたが、ぱっと見た限りではコメントらしきものは……

 

 

 

 

 

「……なんか、書いてある」

 

 

 

 

 

残念ながら、こちらにもありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

”マヨ”

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、何か様子が変です。
二文字しか書かれていません。

問題的には「絵を見てカタカナで名前を答える」というもので、娘(次女)の回答の『ケチャップ』に対し、□□先生は『マヨ』とだけ添削しているのですが、これでは『マヨャップ』です。
果たして、『マヨャップ』とは何なのでしょうか?

 

早速、グーグル先生に「マヤップって何ですか?……違った、マヨップ……チクショウ、うまく発音できない!マニャップ!マミョップ!!マヨャップ!!!」と、悪戦苦闘しながら聞いてみましたが、何度聞いても「だからぁ、マヨキャップはコレだってば」と、『マヨネーズのフタ』を表示する始末。このポンコツ検索エンジンめ!
※実際の検索表現、検索表示とは若干異なります

 

その時、ふと思いました。
この問題の正解は、おそらく『マヨネーズ』です。
正解集にも『マヨネーズ』と書いてあることでしょう。

□□先生は、それを見ながら添削しました
しかし、その手を『マヨ』で止めました。
その理由とは?

 

娘(次女)の回答である『ケチャップ』
もしこの絵がカラーであったならば、『マヨネーズ(黄)』『ケチャップ(赤)』の区別が付くことでしょう。
おそらく、100人中100人が色に合わせて正解するハズです。

ですが、このプリントは白黒です。
色がない以上、『マヨネーズ(黄)』『ケチャップ(赤)』を区別することはできません。

 

また、他の問題では小文字の『っ』などが入るマスは、細かいマスとなっています。
それに対し、この問題の回答欄は全て普通のマスであることから、小文字はないことを暗に示唆している、と受け取ることが可能です。

しかし、問題にはそのような説明はなく、制限なども一切書かれてはいません。
そもそも小学一年生に対し、暗に示唆した内容の理解を要求しているのだとすれば、問題自体に問題があります。

 

□□先生はそういった諸々を考慮し、『マヨネーズ』と訂正しかけたその手を、『マヨ』で止めてくれたのではないでしょうか。
きっと、それが正しいことなのか、教師として、一人の人間として、大いに葛藤したに違いありません。
ですが、『マヨ』まで書いたところで、□□先生は決断したのです。

 

「大いなる葛藤」=『マヨャップ』「マヨネーズ、ケチャップ、どちらも正解!」

 

なんて素晴らしい先生でしょうか。

その子の感性を理解し、個性を潰さず、多様性や可能性を否定しない。
これこそが無限の可能性、これこそが理想の教育です。
世の中には暴力や体罰、ましてや教師間のイジメすらある教育現場が存在する中、我が家の娘たちが通う小学校には、このような素晴らしい先生がいてくださったのです。

 

「……なんでさっちゃんのこと、また見てるのー?」
「…あ、いや、何でもないよ。うん」
「ふーん。……ぎゃははははー!」

 

人間の心や性格は、幼少期(2歳~12歳くらい?)で決まると聞いたことがあります。
そして学校の先生は、親と同じくらい子供と一緒にいる時間を過ごしていただくため、人生において大変重要な存在です。

テレビを観て爆笑している娘(次女)を見ながら、良い先生に巡り合えて良かったと、心から思う私でありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~晩酌中の嫁との一幕~

「これって、マヨネーズでしょ?」
「いや、マヨネーズであり、ケチャップだ」
「そう?雰囲気的に、マヨネーズに見えるんだけど」
「いや、マヨネーズであり、ケチャップだ」
「…まあ、確かにどちらにも見えるけどね」
「むしろ、マミョップ……違う、マニャップ……ああもう!コンチクショウめ!!
「言えてないし」

 

 

 

 

 

”マヨャップ”

 

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